るろうに剣心の『御庭番衆』は実在。活動内容やアニメとの違いを解説。

るろうに剣心の『御庭番衆』は実在。活動内容やアニメとの違いを解説。 豆知識
るろうに剣心の『御庭番衆』は実在。活動内容やアニメとの違いを解説。

御庭番衆と聞くと、アニメや実写映画で知られる「るろうに剣心」を思い浮かべる人は多いはず。

江戸城御庭番衆は、主要キャラの一人である四乃森蒼紫(しのもり あおし)が率いる組織。

御庭番衆は元々江戸城の警護をしていたものの、大政奉還後に解体されたという設定でした。

当然、御庭番衆も四乃森蒼紫も歴史上に存在しない架空の存在です。

ところが、御庭番衆は「御庭番」という名で江戸時代に実在していたのです。

アニメ上の架空の存在が実在していたなんて、驚きですよね。

でも、実在した御庭番はアニメの御庭番衆とは異なる点も多いようです。

今回は御庭番の活動内容、るろうに剣心との違いを解説していきます。

御庭番衆は実在した

アニメでは御庭番衆と呼ばれていますが、実在したのは「御庭番」という存在です。

御庭番は江戸時代に存在した幕府の役職のひとつでした。

この御庭番を設けたのは八代目将軍・徳川吉宗。その後、幕末まで御庭番は存在していました。

吉宗は紀州出身の将軍です。御庭番は吉宗が連れてきた紀州藩の17人の武士が祖となっています。

この17人の子孫17家は代々御庭番を世襲しました。

その後、9家の分家ができ、御庭番は合計26家となっています。

途中で4家が解任されましたが、幕末期には22家が残っていました。

御庭番の主な活動

御庭番の表向きの仕事は、江戸城の庭に設けられた御庭番所に詰めて大奥などの警備を行うというもの。

この御庭番所が彼らの名の由来のようです。

しかし、実際の彼らの職務は、将軍や幕府上層部の命を受けて諜報活動をすることでした。

どうして、このような役職が作られたのでしょうか?

それは、御庭番をつくった八代将軍・徳川吉宗が自身のために諜報活動を行う存在を必要としたから。

吉宗は江戸ではなく紀州徳川家の出身です。

このため、江戸城には信頼できる情報源がなく、信頼を置ける情報収取を行う者が必要だったのです

また、吉宗の時代にはいわゆる忍者という存在が衰退していました。

そこで、将軍の命で諜報活動を行う存在として御庭番が必要だったこともあります。

紀州藩では、薬込役という表向きは警備、実際は情報収集活動が職務という役人がいました。

吉宗は薬込役に似た役職である御庭番を江戸でもつくったというわけです。

では、御庭番の主な活動はどのようなものだったのでしょうか。

主要なものを次に挙げます。

御庭番の主な活動

遠国御用

御庭番が幕臣としての身分を隠し、諸国の実情を調査すること。

江戸向地廻り御用

江戸市中の探索を行うこと。

幕府役人の素行調査

時代劇では、将軍が庭で忍者に情報収集を命じたり、忍者から報告を受ける場面があります。

御庭番は、基本的に自身の上司にあたる御庭番や幕府上層部に調査報告をしていたようです。

ですが、時には時代劇のように江戸城内の部屋の障子の陰などから将軍に直接報告することもあったようです。

アニメとの違い

るろうに剣心の御庭番衆は、江戸城を警護する役目の隠密という設定でした。

上記で説明した御庭番の表向きの仕事に似ていますよね。

でも、御庭番衆と史実上の御庭番とでは、異なる点が多いです。

違いを下記にまとめてみました。

御庭番衆

存在

隠密という位置づけ。表には出ない陰の存在です。

立場・役割

江戸城を警護する戦闘集団として描かれています。

特に主要キャラクターである四乃森蒼紫は、15歳で御庭番衆の頭の地位に就いた剣術の天才という設定。

主人公である剣心との闘い時に必殺技も登場します。

また、四乃森蒼紫は幕末最強と言われる人斬り抜刀斎を倒し、御庭番衆こそが最強であると示そうとします。

ここからも、御庭番衆は戦闘集団であったとわかります。

身分・地位

アニメでははっきりとした身分・地位は不明です。

しかし、大政奉還後、頭であった四乃森蒼紫にだけ明治政府が要職を用意したことから、御庭番衆自体は特に高い地位ではないように見受けられます。

実在した御庭番

存在

御庭番は幕府の役職のひとつ。隠された存在ではありませんでした。

幕鑑という幕府の職員名簿にも御庭番として掲載されており、氏名や住所が明らかにされていました。

立場・役割

御庭番は幕府の役職であり、将軍や幕府上層部から命を受けて諜報活動をするという政治的な役割を担っていました。

実在した御庭番は戦闘集団ではなく、諜報活動は危険を避けて行われていました。

書物によると、調査対象が藩であった時には「踏み込まなくてよい」と危険を避けるように念押しされることもあったよう。

命じられた情報を得た後、御庭番は上司や幕府上層部、時には将軍に報告書を提出していました。

つまり、御庭番は仕事として情報収集と報告をするのみでした。

地位・身分

江戸時代の将軍の家臣の身分を大きく分けると、最も高いものが大名。次が旗本、御家人の順となります。

御庭番は当初、すべてが紀州の下級御家人でした。

しかし、幕末までに大半が下級旗本までなったそうです。

御庭番は将軍から任務を担うこともあり、昇進する者が多くいたとされています。

なかでも、初代御庭番の村垣吉平の子孫、村垣淡路守範正はかなり出世しています。

御庭番の子が幕府に出仕する時は、御庭番になるのが定め。範正も最初は御庭番でした。

しかし、安政三年には函館奉行となり、従五位下・淡路守に叙されています。

従五位下は個人に授けられる位のひとつ。幕末の場合、有力な旗本など授けられるものだったようです。

範正はその後、外交奉行になり、さらには米使節団の副使としてアメリカにも渡りました。

『御庭番衆』は実在。まとめ

るろうに剣心に登場する御庭番衆。

彼らは御庭番という名で江戸時代に実在しました。

もちろん、架空の存在である御庭番衆と御庭番では異なる点も多いです。

大きな違いは、御庭番はアニメの御庭番衆のように戦闘を行う集団ではなかったことでしょうか。

御庭番は八代将軍・徳川吉宗によってつくられた役職。

表向きは大奥などの警備を担っていましたが、実際の仕事は将軍や幕府高官の命による情報収集でした。

彼らの仕事は危険を避けて行われ、実際に戦うようなことはなかったようです。

でも、例えば御庭番衆のキャラクターである四乃森蒼紫が、史実上の御庭番だったら…。こんな風に想像してみるのも楽しいですよね。

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